人の性格や特定のパーソナリティーががんの原因になるわけではない、ということが最近少しずつわかってきています1)。つまり、がんになるということは、患者さんの性格や傾向が原因ではないのです。
一方で、孤独や社会的孤立は様々な病気のリスクになっています。孤独はストレスホルモンと炎症のレベルを上げ2, 3)、また心臓病や2型糖尿病、認知症、さらには自殺のリスクを高めることが明らかになっています4, 5)。そのため、患者さんがそうしたリスクを負わずに済むよう、周囲が患者さんを孤独にしないことが大切です。
「孤独」と「社会的な孤立」はイコールではなく、「孤独」はその人の感じる感情のことを指します。病気や患者さんのことを正しく理解して支えることが、その人が「孤独を感じないように」支えることにつながります。
がんとわかった後の患者さんの
こころのストレス(5つのD)
がんとわかった後の患者さんのこころのストレスを、上記のように5つに分類する考え方があります6)。英語ではいずれも頭文字がDではじまる単語で表現されるため、「5つのD」と呼ばれています。がんとわかったときから、治療中、またその後も患者さんはこのようなストレスにさらされ続けているということを理解しましょう。
身近な人と心理的に距離ができる
(Distance)
「大切な家族には心配をかけたくなくて…」
私たちは自分にとって身近な人や気のおけない人に自分の気がかりを打ち明けたり、心配ごとを相談したりすることで、こころの重荷を軽くしています。日常生活においても、子供のこと、ペットのこと、自宅の修理、近所付き合い・・・などなど気がかりや心配ごとを相談したり共有したりすることで、こころのストレスを軽くしています。
しかし、患者さんはこと「がん」の話題になると、「心配させたくない」「がんの話をしてひかれるのはつらい」と考え、自分の身近で気の置けない人には自分の一番の気がかりを相談することができなくなります。周囲への気遣いや遠慮をしなくてはいけない状況に置かれることは、患者さんにとって大きなストレスになります。
自分のことなのに、自分で決めたり、
出来ることが少なくなる
(Dependence)
「何をするにもお伺いをたてないといけなくなった」
がん治療を受けるということで、自分のことを自分で決めることがたびたび困難になり、治療のスケジュールなどによって制限が増えることがあります。自宅での生活であっても自由にできないことや、考えないといけないことが増えていきます。急に病院に行かなければならずに予定を急遽変更せざるを得ないこともあります。
また、「家族と一緒に来てください」と病院に言われてご家族の予定も変更を余儀なくされることは、患者さんにとって「自分のことで周囲に迷惑をかける」という申し訳なさにつながってしまい、ストレスとなります。
計画がたてられない、先が見通せない
(Disability)
「来年のお正月の話をされて、ひきつり笑いになった」
自分の人生、自分の時間なのに計画が立てられない、先が見通せないということもストレスになります。わたしたちは無意識に明日の自分、来年の自分は今と同じく元気だと思っているため「今度の休みは・・・」とか「来年のお正月は・・・」と思えるのです。しかし、がんとわかり治療を受けるということは、計画を立てることができなくなるという感覚につながります。治療を受けるつもりで病院に行っても「検査結果に気になるところがあったので、治療を1週間延ばしましょう」などと言われて予定が変更になることもよく起こります。治療後の3カ月ごとの定期検診の結果を聞いた患者さんが「あぁ、これで次の3カ月までは予定が立てられます」と安心した表情でおっしゃった時には、「どれほどのストレスとお付き合いしてもらっているのだろう」と胸に響くような思いがします。
見た目や自分のイメージが変化する
(Disfigurement)
「痩せることがこわくて、こわくて」
自分の見た目や自分のイメージが変化するというストレスです。もちろん、治療にともなって脱毛などあきらかな見た目の変化がおこることもあります。それよりももっと深い、自分で持っている自分のイメージが変わってしまうこともストレスになります。がんの治療の過程は、今まで自分を作ってきた自分らしさを失う体験の連続になります。多くの治療中の患者さんは、体重が減って痩せてしまうことを大変恐れます。一部のがん治療の過程では患者さんの体重は増えませんし、そのことは治療的には大きな異常ではないとしても、痩せることは病気の悪化のサインとして考えられやすいからです。
確証バイアスに注意し、
ただしく知ろう
「手術を受けたくない」「治療を受けたくない」という自分の本当の気持ちを肯定する情報を、人は無意識に求めてしまう傾向が強くなります。これを心理学では、「確証バイアス」と言います。このようなこころの動きは誰にでもあるものです。人は公平に情報を認識しているのではありません。本来であれば、否定的な意見や、客観的事実などのデータも意識的に比べなければ、適切な判断はできないものですが、実際には人は公平に情報を認識してはいないのです。
知っている人からの情報も同様です。知り合いからの情報は、時々「毒」にもなります。身近な人が「心配」して伝えてくる一人の経験談は、患者さんの治療に向かう方向を意図せずに妨げてしまうこともあります。身近な人の体験談は、自分に近い感覚がするだけに、場合によっては信ぴょう性を増してしまうこともあるので注意が必要です。
情報を正しく得ることの大切さ
-
知ってほしいのは、
がんの種類ごとの
治療の大枠 -
知ってほしいのは
「医学の知識」
ではなく、
今の医療制度
例
- 「なぜ紹介状が必要なのか?」
- 「飛び込みで“初診”が難しい理由」
- 「かかりつけ医をすすめられた」
- 「急性期病院だから、無理だと言われた」
- 「回復期病院に転院って?」etc
患者さんの近くにいる方に正しく知ってほしい情報は、「がんの種類ごとの治療の大枠」と「医療制度」についてです。「がんの種類ごとの治療の大枠」を標準治療(現時点で治療効果が一番検証されている治療)といいます。その病気を治療するために一番効果があることが確認されている治療と考えてください。
また、私たちは国の医療制度のもとで治療を受けることになります。ですから、現在の医療制度について、ぜひ知っておきましょう。
悪いのは「がん」そのもの
原因探しはしないで:
“不確かさ”があると原因をもとめたくなる
因果関係がみえると私たちのこころは落ち着くけど
完解や治癒だけが“よし”とされるゴールではない
その“軌跡”も想像してほしいと思います
「その日常は小さな努力の積み重ね」
「なぜその人ががんになってしまったのか」、「どうして自分の家族ががんになってしまったのか」心配してあれこれ相手に聞いてしまうと、それは原因を探る「事情聴取」のようなものになってきます。そのなかで原因らしきもの、例えば食べ物であったり習慣であったり、ストレスであったりに行き当たろうとします。それはあたかも悪者探しのようになってしまい、患者さんに原因を求めたり患者さんのせいになったりしがちです。
あるいは、「医療関係者が早く気がついてくれなかったから悪い」となったりするかもしれません。
このような対立の構図では、患者さんは蚊帳の外に置かれてしまいます。私たち医療関係者と周囲の方は患者さんを包んで一丸になって患者さんをお支えして、がんと向き合うことが必要なのであって、いわゆる「内輪もめ」をしている場合ではないのです。
悪いのは患者さんの何か、ではなく、悪いのは“がん”なのです。たとえ心配からであっても、患者さんを責めるような聞き取りをしてしまうと、患者さんは本当に孤独になってしまいます。
実際に治療が始まってみると、思いがけないこと、予想通りにいかないことの連続になることもあります。「標準治療を受ければすべては解決する」といった単純なことばかりでない時もあります。このタイプの病気では、完解や治癒だけが“よし”とされるゴールではありません。
治療を受ける経過のなかで、患者さんが自分のこころを保ち、不自由ななかでも少しでも出来ることを探しながら、あきらめず、前を向こうとする尊い「軌跡」にも称賛を、と思っています。
聞きっぱなしのすすめ
~患者さんと接するとき~
聞きっぱなしのすすめ
がん患者の気持ちは、その人にしかわからないもの
話をされたら受ける(こちらからあえて詳細を聞かない)
基本姿勢は、聞きっぱなし;アドバイスは不要
求められてからでOK
親身になって聞いてくれる人がいるだけで十分
心配かけたくない人には話せない
少し離れている人だから安心して話せることもある
がん治療や経過は個別性そのものです。同じ人がこの世にいないのと同様に、同じ病名であっても個人個人違ってきます。似たような経験が助けになる人もいれば、そうではない人もいます。患者さん本人も自覚できずにいて、「こんな自分じゃなかったのに」と驚いたり困惑したりしています。
がんとわかった方と話をされる際は、「どうなの」「それで」「なんで」「○○しなかったの?」「○○はしてないの?」などと詳細をあえて聞かないことをお勧めします。「詳細を聞いて十分に理解したい」、「何か役立つアドバイスをしたい」、「その人を励ましたい」という気持ちは重々理解できます。しかし、場合によっては、そのような会話は患者さんにとって「事情聴取」のようになったり、患者さんは責められたように感じたりしてしまうこともあります。
人は「誰に話すか」「誰を頼るか」「どの程度話すか」などを選びながら、試しながら、話をするものだと思います。もし話をもちかけられたら「自分は話す相手に選ばれたのだ」と考えるとよいでしょう。「当然話すべきだ」という関係はないものだと思います。
話し相手に選ばれたら、基本的にはアドバイスなどはせずに「話を聞きっぱなし」の姿勢でいてください。アドバイスの前に、気持ちを理解しようとする姿勢が大切です。なぜなら、「この人は自分の気持ちを理解しようとしてくれている」というように患者さんが感じていたら、それは大きな安心につながるからです。患者さんがずっと泣いていたとしても、悲しむことはこころの傷をいやすことにつながります。ですので、無理に励まそうと思う必要もありません。ただし、話を聞いているうちに心からそう思った言葉は、たとえどんな言葉でも患者さんにはきちんと届くものだとも思っています。
「うんうん、それで」「そうだったのね、それから」「話してくれてありがとう」アドバイスやご自分の感想は、求められてからでOKです。親身になって聞いてくれる人がいるだけで十分です。心配をかけたくない人には話せないことは往々にしてありますし、自然な心理です。家族、友人、医療関係者など、患者さんご本人とこころの距離感は様々です。家族には心配をかけたくないので話せないが、むしろ、少し離れている人だから安心して話せることもあるという心理も理解しましょう。
特に「大切な人に何かしてあげないと」という気持ちの焦りを感じている人は、治療を受けている患者さんに寄り添う際は、ちょっと遠めの距離感で見守る方がよいことが多いと思ってください。一人ひとり距離感は違うので、同じ物差しで見ない(こうだと決めつけない)ということがとても大事なのです。
相手の痛みや苦しさを自分のことと同じように感じて「私がなんとかしてあげたい」「私がしなければ」という気持ちになったり、その通りに行動できないもどかしさを経験したという方もいるかもしれません。自分のことのように相手を思うことは悪いことではないかもしれませんが、その時には視野が狭くなっている可能性もあるのです。
また、個人の感情や経験で何かを勧めることは「ありがた迷惑」になることもあります。
善意の吹聴は、患者さんを不安にすることがあるということも理解しましょう。それはもしかしたら、フェイクニュースを信じて吹聴するのと一緒のようなものかもしれません。あなたのアドバイスが患者さんの苦悩を増やしている可能性もあるのです。『善意』であっても、あなたが信じている話をアドバイスしてしまうことは、患者さんにとって「この人がこんなに真剣に言っているならそうだろう」となってしまう可能性もあります。さらに、次第に同じ考えの人だけで一致団結して他の意見を受け付けなくなることも往々におこる人の心の反応です。
標準治療以外の治療法、つまり科学的に証明されていない治療法やサプリメント、民間療法を勧めることも患者さんの不安をかえって増やすことにつながります。実際にサプリメントや民間療法で肝臓の数値や腎臓の数値に影響が出てしまい、結局予定していた標準治療が進まなかった患者さんもいます。善意で勧めたことが治療の足をひっぱる可能性があります。このような実際の害に加え、民間療法やサプリメントを勧められると「試さないと病気に真剣に向き合っていない感じがして責められたみたい」と話す患者さんもいらっしゃいますし、食事にこだわる「療法」にはまってしまい「善意のアドバイスに振り回され、気づいたら本人のことを見ていなかった。本人に窮屈な思いをさせてしまった」と話されたご家族もいらっしゃいます。
患者さんのご家族や周囲の方のサポートは、患者さんの治療経過に影響力を持ちます。ご自身の“思いこみ”でなく、“目の前にいる”あなたの大切な人が望まれるサポートを、少しだけ配慮しながら行っていただければ我々も心強いと思います。
このページの監修
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早川 昌子 氏
JCHO大阪病院 リエゾン精神看護専門看護師 公認心理師
略歴:
1999年 兵庫県立大学大学院看護学研究科(精神看護学)修了。
同年より関西労災病院でリエゾン精神看護専門看護師として、乳腺外科チーム、緩和ケアチームで活動。
以降、相原病院乳腺科、淀川キリスト教病院、JCHO大阪病院。
2020年 公認心理師。
乳腺外科ナーシングプラクティス(文光堂)編集。
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清水 研 先生
がん研究会有明病院 腫瘍精神科 部長