乳がんと心のケア乳がんと心のケア

乳がん患者さん・ご家族の心のケア乳がん患者さん・ご家族の心のケア

乳がん患者さん・ご家族の心のケア

~先生からのメッセージ~

がんは、多くの人にとってまさに人生そのものを脅かすほどの大きな問題です。ですから、それまで経験したことのないような感情の動きがあっても当然です。
当惑、怒り、悲しみなどの負の感情も含めて、これらは私たちのこころが現実に向き合い対処するための自然な反応です。
患者さんが経験するこころの動きは、病気がどの段階にあるかで少しずつ異なります。
ここでは、それぞれの段階に合わせたこころのケアについてお話します。

診断まで

がんと向き合うプロセスは、患者さんが「自分はがんかもしれない」と疑ったところから始まります。
この段階ではがんであると確定したわけではないので、がんかも知れない、という不確実な脅威に対する不安を感じる方が多いことでしょう。
不安に対してまず効果的なのは、なるべく不確実な要素を少なくするために、相手をよく知ること。がんの場合は、正しい情報を得ることです。
必要な検査を受け、診断されるまでは、結果を待つしかないことがほとんどです。このような状況では不安になるのは当然で、不安を感じないようにしようとすると、逆に不安が増幅してしまうというジレンマもあります。
「この時期は自分が不安を感じるのは当然だ」と考えて過ごしてみましょう。
そして、何もしていないと不安な考えが浮かんでくることが多いので、できれば目の前のこと、たとえば仕事、家事、趣味などに取り組むことにしましょう。
誰かとおしゃべりをする機会を持つのもよいかもしれません。

治療が始まってから

がんの告知は、患者さんにとっては突然の大きな衝撃です。告知の直後は、当然のことながら多くの方がひどく落ち込みます。一般に告知を受けた後の気分の落ち込みはひとつの目安としては2週間ほどで回復し、徐々に元に戻っていくとされていますが(図1)1)、がん体験がその方によってどういう意味を持つのかということや、その方の性格によって落ち込む期間は異なります。早く立ち直らなければと無理をされることはありませんし、その間にとてつもなく深い悲しみや不安、恐怖などを経験されることは想像に難くありません。

図1:がんに対するこころの反応

がんに対するこころの反応

しかし、その辛い思いすべての裏側で、患者さんのこころはがんと向き合い、対処する準備を進めています。悲しみにはこころを癒す役割がありますから、できればこのときは気持ちを押し込めようとせず、十分に悲しむことが大切です。怒り(どうして私が!)や現実を否定する気持ち(がんなんて何かの間違いに違いない)などの感情が出てくることもあるでしょうが、これらもすべて自然な反応です。
がんは、告知から治療が終わるまで、長い経過をたどることが多い病気です2)。できればなるべく我慢せず、ありのままに、こころの赴くままに過ごしながら、がんとの長い旅を歩めるとよいですね。

1)内富庸介ほか:第1章 がんに対する反応. 「サイコオンコロジーーがん医療における心の医学」
(山脇成人 監, 内富庸介 編)pp.4-36, 診療新社, 1997

2)渡邉照美ほか:家族心理学研究. 2003;17(2):83-96

こちらの動画で、監修の清水研先生による「病気との向き合い方」の解説を見ることができます。
ぜひ、ご覧ください。

動画を見る(2022年9月閲覧)

辛い気持ちが続くとき

生活に支障をきたすほどに気分が落ち込んでいるときは、専門家に相談することも大切な治療の一部です。
サポートを求めるかどうかの判断には、下記のつらさと支障の寒暖計3)が目安になります。過去の研究から、左の「つらさの寒暖計」が4点以上、右の「支障の寒暖計」が3点以上であれば中程度以上のストレス状態であると考えられています。
また、①気持ちがずっとふさぎ込んでいる状態が続く、②今まではやりたかったことにほとんど興味が持てなくなる、というような変化も気持ちが疲れているサインです。そのような場合は、まずは担当の医師や看護師に相談してみましょう。

つらさと支障の寒暖計

3)国立がん研究センター精神腫瘍学グループ「つらさと支障の寒暖計」
https://ganjoho.jp/public/support/moshimogan/moshimogan01.html(2022年9月閲覧)

治療が終わってから

がん治療を終えたあとは、治療から解放される一方で、不安や抑うつといった精神症状を抱える方も多いと言われています1)。慢性的な痛みなどの身体の問題や再発・転移に対する不安、乳房や髪の毛を失ったことに対する悲しみ、就労への不安など、治療終了後に生じる問題は多くあります。
辛さをひとりで抱えることは大変です。誰かに辛い気持ちを話すことでこころが軽くなるなら患者会に参加してみることもひとつの方法です。また、「おしゃれを楽しみましょう」で紹介したようなファッションの工夫をされるなど、毎日の生活に楽しみを見つけられるとよいですね。
不安で仕方がない、という方は、不安日記(図2)をつけてみることをお勧めします。これは正確には「週間活動記録表」と呼ばれており、認知行動療法という科学的に効果が実証された方法のひとつです2)。不安日記には、1時間刻みでその時間に何をしていたか、そのとき感じた不安の強さを100点満点で採点して記録します。
例えば、

  • ●月曜13時:インターネットでがんの情報サイトを見る/不安は80点
  • ●火曜9時:犬と散歩/不安は40点
  • ●水曜22時:友人と電話/不安は30点

などです。
「不安で仕方がない」という方でも、1日中ずっと不安にとらわれているわけではありません。1週間記録を続けると、行動によって不安の点数が高かったり低かったりと、1日の中で自分の不安が大きく動いていることがわかるでしょう。自分が不安を感じやすい行動がわかれば、その行動をする時間を減らしていくことができるわけです。

図2:不安日記(週間活動記録表)

不安日記

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それでもどうしても辛いときは、精神腫瘍科など、専門家のサポートを受けることも可能です。担当の医師や看護師に相談してみましょう。
また就労支援や経済的な問題を含むがんにまつわる相談は、「がん相談支援センター(※)」で受けることができます。

※全国のがん診療連携拠点病院などに設置されているがんに関する相談窓口です。他の病院にかかっている場合でも、患者さんやご家族も含め無料での利用が可能です。がんの診断から治療、治療後の生活や社会復帰など、がん治療に関わるあらゆる疑問や不安をご相談いただけます。相談は面談のほか、電話やメールでも可能です。また、匿名での相談も受け付けています。

1)Hoffman KE, et al.: Arch Intern Med. 2009;169:1274-1281

2)保坂隆:医学のあゆみ. 2015;252(13):1259-1263

こちらの動画で、監修の清水研先生による「不安との向き合い方」の解説を見ることができます。
ぜひ、ご覧ください。

動画を見る(2022年9月閲覧)

再発・転移がわかったとき

がんの再発・転移がわかったときは、最初のがんの告知以上に深い絶望を感じられる方が多くいらっしゃいます。一度は切り抜けた困難をもう一度経験することは、とても辛いことです。しかし、ここでも患者さんが絶望や悲しみを感じている裏側で、こころは現実に向き合う準備を始めています。
この時期は、病気と付き合いながら、これから何を大切にしたいか、何をやりたいかを考える時期でもあります。自分らしく過ごすために何かサポートが必要だと感じたら、遠慮せずに、医療スタッフに相談しましょう。

ご家族へ

「力になりたいけれど何をしてあげたらいいのか・・・」と、無力感を抱いてしまうご家族の方も多いのではないでしょうか。しかし、ご家族が力になろうとされている姿勢自体が、患者さんご本人の大きな支えになると思います。
まず大切なのは、患者さんご本人がどのような気持ちでいるのか、理解しようとすることです。そのために、患者さんと話せるようであれば、どんな心配事や不安なことがあるのか聞いてみることが最初のステップになります。そして、ご本人がご家族に希望されることを手伝っていく、というやり方がよいでしょう。希望しないことを無理に勧めることは、逆にご本人の負担になってしまう場合が多いです。
ご家族は、患者さんの前では明るく振舞わなければならないという思いがあるのか、自らの辛い感情にふたをしてしまいがちです。ご家族もまたがんに向き合い、現実を受け入れるためのプロセスを歩んでおられます。ですから、思いのままに悲しんだり苦しんだりすることを、どうか恐れないでいただきたいと思います。
最近では家族も第2の患者である、という認識が広まっています。辛い気持ちを話したい、何か助けがほしいと思ったときは、どうか医療スタッフを頼ってください。がんに立ち向かうチーム医療においては、患者さんのご家族も重要なチームの一員です。

こちらの動画で、監修の清水研先生による「ご家族の病気との向き合い方」の解説を見ることができます。
ぜひ、ご覧ください。

動画を見る(2022年9月閲覧)

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このページの監修をしている先生

清水 研 先生

がん研究会有明病院
腫瘍精神科 部長