おしえて先生! 卵巣がんのコト

大阪国際がんセンター 婦人科 部長 
馬淵 誠士 先生

気づかぬうちに進行している卵巣がん。
一人で抱えず、周りの人に打ち明け、
相談にのってもらうことも大切です。

馬淵 誠士 先生
(大阪国際がんセンター 婦人科 部長)

インタビュー実施日:
2023年9月21日(木)
(中外製薬株式会社 大阪中央オフィス会議室)

初期には自覚症状がほとんどないことから、わかったときにはかなり進行していることが多い卵巣がん。がんを患った女性に対して“優しいケア”をモットーに、術後のQOL向上にも尽力されている大阪国際がんセンター・馬淵誠士先生に、卵巣がんの診断、治療について教えていただくとともに、患者さんやご家族に向けたアドバイスをいただきました。

卵巣がんになる原因を教えてください。
また、卵巣がんになるリスクが高いのは
どのような方ですか?

卵巣がんの直接の原因はわかっていませんが、卵巣がん全体の10~15%は遺伝によるものとされています1, 2)。その代表的なものが遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)で、BRCA1遺伝子あるいはBRCA2遺伝子の変異が原因です。そのため、卵巣がんが疑われた患者さんには必ず身内に卵巣がんや乳がんだった方はいないか確認します。そして、患者さん自身への医学的メリットや心理的影響、ご家族への影響について十分説明し、判断に迷われる場合は遺伝カウンセリングも受けていただいたうえで、希望される方には家族歴に関係なくBRCA遺伝子学的検査を行います。検査は約10mLの採血をして、血液から遺伝子を取り出して調べます。遺伝子学的検査により遺伝性かどうかがわかるだけではなく、適切な治療を選択するうえでも重要な情報が得られる可能性があるので、希望する患者さんは多くいらっしゃいます。
卵巣がんの発症リスクには排卵回数が関係しているといわれています。出産経験がない・少ない、早い年齢で初潮を迎えた、閉経が遅いといった排卵回数が多い女性ほど卵巣がんになるリスクが高く、出産回数が多い、ピルを服用していたなどで排卵回数が少ない女性ほどリスクが低くなります3)
卵巣嚢腫ががん化するリスクはほとんどないといわれています。ただ、卵巣嚢腫のひとつであるチョコレート嚢腫は卵巣がんのリスクの1つであり、約0.7%の確率でがん化すると報告されています4)。かなり低い確率ですので、卵巣がんを予防するためだけに卵巣チョコレート嚢腫を摘出する必要はありません。

  1. 1)Hirasawa A, et al.: Oncotarget. 2017;8(68):112258-112267.
  2. 2)Enomoto T, et al.: Int J Gynecol Cancer. 2019;29(6):1043-1049.
  3. 3)Casagrande JT, et al.: Lancet 2:170-173, 1979
  4. 4)Kobayashi H, et al.:Ont J Gynecol Cancer 2007;17:37-43.

卵巣がんはどのように診断されますか?
また、診断された後、
どのように治療を決定していくのでしょうか。

子宮頸がんや子宮体がんは手術をせずに、組織を採取する組織診で確定診断をします。一方、卵巣がんが疑われる場合はまず手術を行い、手術で切除した卵巣の組織を検査し、卵巣がんかどうかを確定させ、さらに組織型(がんの種類)や広がり(進行期)を判定します5)
卵巣がんと確定されたら、開腹手術で卵巣・卵管、子宮、大網切除を行います。手術でがんを取り切れたかどうか、また卵巣がんを破綻させずに摘出できたか否かが予後を大きく左右するため、腹腔鏡手術ではなく、開腹手術が必要となります5)
がんが広範囲に広がっていると考えられる場合は、診断を目的とした腹腔鏡手術でがんの組織を採取し、化学療法でがんを小さくした後に、手術を行うこともあります5)

  1. 5)日本婦人科腫瘍学会編:患者さんとご家族のための子宮頸がん子宮体がん卵巣がん治療ガイドライン 第3版, 金原出版, 2023, p152-154

気づかぬうちに進行してしまう卵巣がん。
とはいえ、なぜもっと早く病院に行かなかったのかと
後悔される患者さんもいると聞きます。
告知するときや手術後、患者さんに対する心のケアは
どのように行っていますか?

卵巣がんに限らず、がん患者さんは診断を受けたその日から完治するまで、さまざまな問題に直面します。患者さんは、大変な思いをしながら、時間をかけて「がん」を受け入れていきます。そのプロセスは概ね以下のように分類されます6, 7)

  1. ①否定:ショックのあまり診断結果を認めようとせず、「何かの間違いでは?」と否定する。
  2. ②怒り:「なぜ自分だけが・・・」といった怒りや悲しみ、孤独感や時には劣等感を経験する。
  3. ③抑うつ:がんが現実であることを悟り、絶望し憂鬱な気分になる。
  4. ④受容:気持ちが少しずつ落ち着き、がんを受け入れる。普段の自分を取り戻し、がんに立ち向かおうと前向きに動き出す。
  1. 6)がん情報サービス「がんと心」https://ganjoho.jp/public/support/mental_care/mc01.html(別ウィンドウで開きます)(2023年10月閲覧)
  2. 7)Massie, M. & Holland, J. (1989). Overview of Normal reactions and prevalence of psychiatric disorders.
    In Handbook of Psychooncology, Holland, J. & Rowland, J. (eds.), p273-282, New York: Oxford University Press.

受け入れに要する時間は人それぞれですが、1ヵ月以上経っても受け入れが進まない場合や、気分の落ち込みが激しい、食欲がない、眠れないなど抑うつ状態が何週間も続く場合は精神科や心療内科を受診することを勧めています。がんを受け入れた後も、治療の選択肢、家族の生活、仕事、治療費を含めた経済的なことなど悩みはつきません。一人で悩みを抱え込まずに、ご家族や友人など、自分の気持ちを打ち明けられ、相談できる人をつくるようアドバイスしています。

卵巣や子宮は女性にとって特別な臓器で、
手術によって卵巣や子宮を失うと、
身体の大事な部分をなくしたような
喪失感を抱く方もいるのではないかと思います。
そのような患者さんにどのような言葉をかけていますか?

卵巣や子宮を失うと「女性ホルモンが分泌されなくなり、生殖能力もなくなることで、女性らしさが失われてしまうのではないか」、それに加えて、手術で腹部に大きな傷ができたり、化学療法で髪の毛が抜けたりすることから「見た目上の美しさも失われてしまうのではないか」「手術後の性生活や性機能についてどのような影響がでるのだろうか」など、患者さんは多くの不安を抱いていると思います。
非常にセンシティブなところですので、関連する書籍を紹介して「詳しい説明が必要な場合や、質問があればいつでもどうぞ」というコミュニケーションをとるようにしています。

ご家族が患者さんのサポートをするにあたり、
注意すべきことを教えてください。

まずは患者さんの話を“傾聴”してください。口を挟んだり、意見を言わず、とにかくじっくり聞きましょう。患者さんから死に関する話題がでても不自然に避けることはせず、心配なことは何か、どうしたらその気持ちを解消できるのか、“率直に”話し合うのが良いかと思います。
それから、特別扱いは孤独感を深めてしまう可能性があるので、がんであっても“特別扱いをせず”、患者さんができること、したいことは自分の力でやってもらうことを心がけましょう。
そして、“励ましすぎない”。患者さんから「つらい」という言葉がでたら、頑張れと励ますのではなく、「そうだね」と同意して寄り添うことも大切です。

がん患者さんだけではなく、ご家族もがんを
告げられると大きな衝撃を受けると思います。
ご家族の方へのアドバイスも教えてください。

患者さんが「がん」と診断されると、ご家族も当初は動揺されますが、やがて患者さんと同じようなステップを経てがんを受け入れていかれるようです。また同時にご家族には、患者さんの身の回りの世話、情報収集、経済的サポートなど、多くの役割が期待されます。

しかし、患者さん本人の前で弱みは見せられない、弱音を吐いてはいけないと思い、辛い気持ちを心にしまい込む方もいらっしゃいます。最近は外来で化学療法や放射線療法を行うようになり、病院への送り迎えなど、以前と比べてご家族が患者さんと接する時間が増えています。それに伴い、ご家族が抱える精神的ストレスも増え、抑うつ状態になる方も少なくありません。
ご家族は「第二の患者」とも呼ばれており、患者さんと同じくらい心のケアを必要としています。ご家族には十分睡眠をとり規則正しい生活をして、ご自身の身体と心を労って、ときにはサポートをお休みするようアドバイスしています。

婦人科の病気は相談しにくく、
受診に勇気が必要かと思います。
卵巣がんに限らず、
婦人科系の疾患で悩みを抱えている方に
一言メッセージをお願いします。

婦人科系の病気は友人や家族に相談しにくく、検査で痛い思いをするのではないかと不安になり、受診をためらうことが少なくないと思います。しかし、健康不安は病院を受診しない限り、いくら悩んでも絶対に解決しません。内診をせずに、まずはお話だけの受診でも構いません。恥ずかしいのであれば、女性医師のクリニックもあります。病気を少しでも早く発見するために、ぜひ、婦人科医にご相談ください。

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