乳がん治療と仕事との両立
~先生からのメッセージ~
2019年に実施されたがん患者さんの就労と家計に関する調査では、全体の6割弱の患者さんが、がんの診断前と同じ仕事を診断後も続けていました1)。仕事の内容にもよりますが、がんの治療と仕事との両立は可能な場合が多いといえるでしょう。
しかし、無理なく治療と仕事を両立させるためには、ある程度の工夫が必要です。
ここでは、治療と仕事の両立にあたって患者さんがやっておくこと、知っておくと便利な知識をご紹介します。
乳がんと診断されたらすること
まずは、治療と仕事に関する情報の整理から始めてみましょう。
担当医、自分自身、勤務先のそれぞれについて確認すべきことを整理するとよいでしょう。
治療開始時に確認すること
具体的な治療計画が定まったら、仕事開始に向けてより詳細に情報を整理しましょう。
担当医に確認すること
今後の働き方をイメージするために、担当医に下記のことを確認しましょう。一歩踏み込んで伝えてもらうことがポイントです。
- ・治療のスケジュール(1回の治療にかかるトータルの時間)、頻度など
- ・副作用とその期間、注意点
- ・他科受診の必要性とその頻度
同時に、職場で配慮してもらう必要があるかないか、勤務を開始してよい時期などについても確認しておきましょう。
また担当医は患者さんの仕事の内容に詳しくはないので、具体的な働き方(立ち仕事が多い、人と会うことが多い、など)や「働くこと」に対するあなたの思いを伝えるようにしましょう。そうすることで、担当医もあなたの復職についてアドバイスがしやすくなります。
勤務先に確認すること
就業規則や雇用契約書で、治療に活用できる制度がないかどうかを確認してみましょう。会社によっては、私傷病休職制度やリフレッシュ休暇など仕事を休む際に活用できる制度があります。抵抗がなければ、人事担当の方に聞いてみてもよいでしょう。
また会社で加入している健康保険組合によっては保険給付の対象になることがありますので、これについても確認しておくとよいでしょう。
自分自身が確認すること
今後の見通しをつけるために、家族の収入の有無や、生活に必要な年収の額を確認しておきましょう。
また、働くことに対するご自分の想いを明確にしておくことも重要です。それによっては、治療に専念するために退職する、今の仕事は離れて治療が落ち着いたら再就職する、という選択をすることも考えられます。
勤務先への伝え方
治療と仕事の両立のためには、勤務先の協力や配慮を得ることが不可欠です。しかし、乳がんという病名までを伝えることに抵抗があるのであれば、無理に伝える必要はありません。
伝える範囲としては上司、部下、同僚、人事、産業医などが考えられますが、基本は「配慮してほしい人に、配慮してほしいことを伝える」ことです。
配慮を求める際は、具体的に、そしてできないことだけ伝えるのではなく、仕事を続けるために必要なことを伝えるとよいでしょう。乳がん患者さんの場合は、外見上の変化、ホルモン療法の影響による体の冷えやホットフラッシュ、腋窩リンパ郭清後のリンパ浮腫に対する配慮が必要になることが多いようです。
勤務先とのすり合わせは、下図のように治療前や治療中、復職前などの区切りのタイミングで行うほか、復職後も必要に応じて勤務時間や業務量の調整を行うとよいでしょう。
いざ仕事を再開、となると、どうしてもがんばりすぎてしまうことがあります。しかし、焦りは禁物です。ひとりでがんばりすぎず、ご自分のペースで徐々に仕事に慣れていきましょう。
ご家族が確認すること
患者さんに付き添って一緒に通院するなど、治療中はご家族の仕事にも影響が及ぶことがあります。定期的に仕事を休む必要がある場合は、ご家族も勤務先に病気のことをある程度伝えておくとよいでしょう。
また、長期に及ぶ治療の中で、ご家族もこころが疲れてしまうことは珍しくありません。ご家族の勤務先に産業医がいる場合は、こころの問題についても相談してみるとよいでしょう。
再就職を目指すときは
患者さんによっては、乳がんになる前の仕事を一旦離れて治療に専念し、その後再就職を目指す、という選択をされる方もいらっしゃるでしょう。
再就職を考えるときは、まず働くことの目的や意義を整理し、自分の「今」の能力やスキル、体力、必要とする年収などが希望する企業に合うかどうかを確認することが重要です。
がん経験者であっても、自分は何ができるのか、何がしたいのかが就職の重要なポイントであることに変わりはありません。しかし乳がん患者さんの場合は、それに加えて、治療による身体への影響も考慮する必要があります。無理のない雇用形態、勤務先の配慮が必要な事項はあらかじめしっかり確認し、身体と心のバランスを整えて就職活動に臨みましょう。
知っておくと便利な会社の制度
治療を受けながら仕事をしている場合、通院のために休みをとったり、体調不良のために働き方を見直したりすることは避けられません。そのような場合に備えて、就業規則を見直し、活用できそうな制度を把握しておくとよいでしょう。
休みに関する制度
有給休暇のほか、会社によっては半休や時間休の制度が設けられていることがあります。
また療養に特化した病気休暇や治療休暇、私傷病休暇といった制度のある会社もあります。
手術のときなど少し長めに休みを取りたい場合は、永年勤続者に与えられるリフレッシュ休暇、積立休暇などが活用できます。
一般に、大企業では会社独自の休暇制度が充実しており、さまざまな制度を活用して治療スケジュールに合わせた働き方をする方が多くいらっしゃいます。一方で、中小企業では状況に合わせて個人的な配慮を受けたり、新たに就業規則を設けたりなどの柔軟な対応が可能となることが多いようです。
自分の会社に活用できそうな制度がなくても、ひとりで悩んだりあきらめたりせず、ぜひ周りの人に相談してみましょう。「働き続けたい」という前向きな意思が伝われば、何か良い方法が見つかるかもしれません。
勤務体制に関する制度
フレックス勤務や時差出勤の制度がある場合は、通院の予定がある日に活用するとよいでしょう。
復職直後でまだ体力に自信がないなど勤務時間を短くしたい場合は、時短勤務制度が使えます。
またラッシュアワーの通勤が辛い場合はマイカー通勤、体調が思わしくない場合は在宅勤務にするなど、さまざまな制度を活用することで、無理なく仕事を続けることができます。
また最近増えているテレワークは、治療と仕事を両立させるうえでも非常に便利なものです。勤務先でテレワークが推奨されているのなら、積極的に実施してみてはいかがでしょうか。
もしご自分の勤務先に上記のような制度がなかったら、上司や人事担当者に相談してみましょう。「ここで働き続けるために、こうしていただけるとうれしい」と、前向きに配慮を求めることが重要です。
治療と仕事の両立支援を応援する仕組み
現在、治療と仕事の両立を希望する患者さんのために、本人の合意の上で、企業と医療機関の間で治療計画や配慮が必要な事項について書類で共有するトライアングル型の支援の仕組み(下図)ができています。
この支援は決まった様式の書類の取り交わしによって運用され、書類の発行などについては保険診療上の評価にのっとり、3割負担で費用がかかります。この仕組みを利用したい場合は、主治医、またはがん相談支援センターへ問い合わせてみましょう。
個人事業主の場合は
個人事業主の方ががん治療と仕事を両立させる場合の支援については、ほとんど語られていません。高額療養費制度のように職業に関係なく活用できる制度もあるので、公的保険や年金について情報収集をしておくとよいでしょう。
まずは気持ちを落ち着かせて、治療と仕事のこと、生活のこと、将来のことを整理していきましょう。
このページの監修
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桜井 なおみ 氏
一般社団法人CSRプロジェクト代表理事
キャンサーソリューションズ(株)代表取締役社長
経歴:
大学で都市計画を学んだ後、卒業後はコンサルティング会社にてまちづくりや環境教育などの業務に従事。
2004年、乳がん罹患後は、働き盛りで罹患した自らのがん経験や社会経験を活かし、小児がんを含めた患者・家族の支援活動を開始、現在に至る。
資格:
- 社会福祉士(登録番号:第190336号)
- 精神保健福祉士(登録番号:第73898号)
- 技術士(建設部門)